2017年3月26日日曜日

連研修了式と公開講座








 
1年間研修したあなたを称える修了式が行われました。鳥取因幡組の連研も今回で9期目を終えることが出来ました。今日の修了式にあたって出席された受講生28名が、それぞれ連研を受けての感想や感慨、喜び、苦しみを述べられました。まさに珠玉の言葉だったと思います。その中で、多くの方が仲間が出来て良かったということと、自分の中で何かが変わったという感じがあるということを述べられていました。連研を主催したスタッフの一人として本当にうれしく思います。
そしてこの連研修了を記念して開かれた公開講座では、天野和公さんのゼロからお寺を作ったお話しと、何のためにお寺があるのかというお話しを聞きました。お話しを聞きながら、どのお寺も最初はそうだったという原点を感じることが出来ました。これからお寺には困難な時代が始まりますが、立ち上がりはもっと困難であっただろうと思います。困ったときは原点に帰れと言います。なぜお寺が生まれたかということを紐解いて、明日からまたスタートしたいと思います。


2017年3月25日土曜日

寺子屋人形劇場


 
 
 

 
やっぱり人形劇はいいなあと思いました。昨年に続いて、寺子屋人形劇場を開催しました。今年のプロは「とらまる人形劇団」です。岡山県倉敷市にある劇団です。年間180回も公演しているそうです。今日の出し物は、「ゴンゾウ虫」と「ぼっけえばあさん」の2作品でした。手遣い人形もすっかりスタイルが変わりました。頭の後ろを手で操作する人形でした。舞台も回転します。蹴込も平地ですので、人形の足がしっかりついています。後姿もしっかり見せます。ちょっと目から鱗の人形劇でした。来年は3月25日()の午後2時から行います。出演は今年と同じく、とらまる人形劇団、劇団どんぐり、おかぴょん劇団の3団体です。楽しみにしていてください。
 

2017年3月24日金曜日

振り回される国会

森友学園の国有地取得に関して、国会審議の貴重な時間を使った一連の騒動も、籠池理事長の大ウソとして収れんしそうな気配です。まだ真相は分かりませんが、仮にすべてが籠池理事長のつくり話だったとしたら、皆が騙されたということで終わらせて良いのでしょうか。そういう人物であれば、最初から相手にしないという方法はなかったのでしょうか。少なくとも前半は小学校開設がスムーズに行くよう協力的な人がおられたようです。その後不明瞭な点が出て来てから、進捗はストップし、申請取り下げにまでなりました。
国会は与党と野党が入り混じり、自分の所に都合のいいような解釈で、議論しています。当事者ではないので本当のところはわからず、推測に基づく不毛の議論です。
小学校を作るような場合ですが、申請者の信用調査などはしないのでしょうか。過去の不審な点や不可解な点を調べ、もっと慎重に事を進めることは出来なかったのでしょうか。このたびこの件に関連して国会以外にも多くの労力や費用が発生していると思います。大嘘であった場合、これは大きな損害となります。財務局や審議会は騙されたで済む問題ではないと思います。なぜ騙されるようなことになったのかという真相究明が待たれます。

2017年3月23日木曜日

真相はやぶの中?

中外日報の記者から電話があり、取材を受けました。その方は、昨年10月21日、本山の伝灯奉告法要に参列した時に遭遇した鳥取県中部地震のことについて取材された記者でした。何についての取材だろうと思ったのですが、意外にも2月1日に行なった門徒総代研修会についてでありました。

この研修会は、本山のプロジェクトが出した答申「10年、20年後の日本社会で求められる僧侶像・寺院像」について、総代の皆様の理解を深めるため、私見を交えて説明したものです。

中外日報でも、この問題については従来から注目してるので、広く意見を求めているということでした。意外だったのは、なぜこのことに注目されたのだろうと思いました。たかが鳥取因幡組という小さな組で行われた研修会です。どこかで取材する気になった事柄があったのだろうと思いました。そういうことも世の中にはあるのだなあと思いました。

話しは変わりますが、今日の籠池理事長に対する証人喚問は興味深かったです。誰も知らなかった国有地購入ということから始まった問題は、いつの間にかこんなに注目される事態となりました。おそらく誰も想像しなかった展開です。中で何があったかは分かりませんが、まるで芥川龍之介の短編小説を原作に、黒澤明がメガホンを取った「羅生門」を見ているようでした。ただし、今回は一部始終を見ていた目撃者の杣売りは存在しません。
 

2017年3月22日水曜日

組長会

松江の山陰経堂で組長会があり、鳥取因幡組の代表として参加して来ました。任期四年の一年がたったので、皆さん落ち着いてきました。昨年四月に行われた組長会の内容とほぼ同じ項目の報告を受けました。

一番時間を割いたのは、賦課金が教区全体でアップするという問題でした。山陰教区に限らず、寺院のおかれている環境は、門徒戸数の減少と収入の減少です。このような時に賦課金が増えるということは、時代の逆行であり理解しにくいと云うものでした。

主な理由は、山陰教区に働く職員の賃金水準を少しでも中央に近づけるため、職務手当を導入すること、風水害や地震災害の多発化に伴う災害見舞金の増大、繰越金の漸減に対する補てん等でしたが、どれもやむを得ない支出です。

日本の人口減少傾向は、あらゆる産業を縮小化すると思います。今からその手立てを考えておかなければ、タイミングを失ってしまいます。それぞれの寺院は、活動の活発化を進めながら予算規模を縮小して行くという難しい舵取りをしなくてはなりません。「お寺の未来」が提言しているように、死者供養に頼らない寺院運営が問われているのだと思います。寺院の強みである「永続性」を中心にお寺として出来ることを考えて見たいと思います。
 

2017年3月21日火曜日

ビタミンI欠乏症候群


hasunohaの回答僧を1か月やって見えてきたものがあります。多くの方の苦しみ、悩みの根本的な原因として、乳幼児期の親の愛情不足が関わっていると感じました。親の愛情というより、子どもが受け取る愛情の絶対量が少ないのです。どういう傾向の質問が多いかと言いますと、自分に自信がない、相手のことが信頼できない、仲間に入れない、孤独を感じる、感情表現が苦手、恋愛がうまくいかないなどです。

親から「愛されている」と安心して育った人は、自分で自分のことを愛せますが、親からの愛情が足りていなかった場合、いつも不安でいっぱいになり、自分のことを責めてしまい、大人になってからも自分への評価がとても低くなります。自信のない状態です。

赤ちゃんが初めて接する人間は親ですが、親に構ってもらえずに育つと、信頼するという気持ちが芽生えず、大人になってから対人関係がうまく行かなくなります。他人との距離感がつかめず、友人関係や恋人関係を作れなくなります。

レ・ミゼラブルのジャン・バルジャンのようにどこかで、自分のことを底抜けに信頼してもらえるという体験があれば、良い方向へ進む可能性がありますが、学校や職場では難しいと思います。

こう言う類の質問が多いということは、日本の中で多忙化や貧困化が進み、就労のため親が子どもと対面できる時間を奪われているのではないかと考えてしまいます。改めて愛情不足ということは、深刻な問題なのだと思いました。 


2017年3月20日月曜日

春の彼岸法要


 
春の彼岸法要をお勤めしました。彼岸は日本独自のものですが、歴史は古く聖徳太子の時代から行われていたようです。今日の法話は、仏教と彼岸でした。林寺脩明さんのお話を引用させていただきましたが、14代目となるわたくしの父母を遡ると8,192人になるというお話には驚きました。

「ありがたい」の反意語は「当たり前」という話しをさせていただきましたが、クイズにしたところ見事連研受講中の女性が正解されました。

私たちは自分のいのちは自分のものだと思っていますが、所有という概念は自分が作ったとか、自分がお金を出して買ったとか自分の自由になるという感覚でいます。ところがいのちは自分で作ったものではありませんし、自分で買ったものでもありません。まして、自由にはならないものです。

ということは、自分のいのちは自分のものではないということになります。「我がいのち、我がいのちにあらず」です。

仏説阿弥陀経には、西方浄土の様子がこと細かく描かれていますが、娑婆であっても豪華絢爛なところはいくらでもあります。サウジの王様あたりは、すごいところに住んでいらっしゃることでしょう。極楽が如何に素晴らしいところでも、樹木や鳥や宝石や池は地上にもある当たり前の姿です。そこにしかないというものではありません。

往生浄土とは、死後に何か素晴らしいところに生まれ変わるのではありません。当たり前のことが宝なのです。私たちはそれに気づかないだけなのです。悟りとはそのことに気づくことなのだと思います。