2018年1月17日水曜日

人生七十古来稀なり

阪神淡路大震災から今日で23年経ちます。もうそれだけ経ったのかと時の流れに戸惑いを隠せません。今夜月参りにお邪魔したとき、そこのお宅の奥さんが同い年だったので、「住職さん我々も古希を迎えましたねぇ」としみじみと言われました。

今年高校卒業50周年の同窓会が行われますが、古希は数え年の70歳のことですので、早生まれの人以外は、50周年イコール古希となります。杜甫が人生七十古来稀なりといったように、昔は稀だったようですが、現代では100歳以上も稀ではなくなったようです。阪神淡路大震災があった時は45歳でした。その時には古希を迎えることなど思いもしなかったのですが、こうして迎えてみると気持ちはその時とあまり変わらないようです。

ある説によると一生における心臓の鼓動数は一億回と決まっていて、それによって寿命が決まっていると言います。鼓動の早いものは寿命が早く来ます。人間の一億回は40代で訪れるそうで、それ以降はおまけの人生だそうです。おまけならおまけらしく、苦労なしで生きて行きたいものですね。
 

2018年1月16日火曜日

お一人様用樹木葬



 
今年3月に完成予定の樹木葬養源寺方式の基礎工事が終わりました。この樹木葬は、ご遺骨を地中に埋めるのではなく、墓碑の中にカプセルのような形で格納するものです。基本的にお一人様用の墓になります。様々な理由で一人用のお墓を求めておられる方がおられます。でも普通の墓のように費用はかけたくないし、樹木の下に撒くのではなく、お墓の形式をとりたいと希望される方のために考えました。中央には常緑樹の木斛(もっこく)を植える予定です。植え替えしたあとに寒い日が続くと根が凍ってしまい、根付かなくなる可能性があるので木を植えるのは3月に入ってからにします。
まだ募集はしていませんが、少しづつ口コミで広まればいいなと思っています。広大な土地での樹木葬もいいですが、街なかでのこのような樹木葬もあっていいのではないかと思っています。
 

2018年1月15日月曜日

葬儀・葬祭チャンネル

関東地方で葬祭業を営んでおられる佐藤葬祭の佐藤信顕さんがユーチューブで発信している動画のチャンネルです。私は500回を超す動画の半分くらいは見ていますし、動画を作る時間がない日に流されるライブ動画(2時間程度)もかなり見ています。

毎日更新されているので、発信され始めてから、もう2年近くになるのではないかと思います。通常の動画は5分程度ですが、きちんと編集されクレジットやコメントも画面に出ますので、編集には数時間かかると思います。毎日流すのは大変なことだと思いますが、その労力に敬意を表します。巷で流されている葬儀関連の情報があまりにも偏った内容であり、誤解されやすい説明も多いということで、一念発起されて作られたようです。内容は葬儀に関する一般的なことから専門的なことまで幅広いですし、真摯に勉強しておられる様子が伝わりますので、好感が持てます。浄土真宗に限って言えば若干間違っていることもありますが、概ね正しく理解しておられると思います。

基本的には相手の気持ちを害さないことを心掛け、お金儲けや宣伝が目的ではないので安心して聞けます。チャンネル登録者数が一万人を超えているのはすごいことです。仕事は忙しそうですが、こういうことが出来る環境にあるということですから、可能な限り続けていって欲しいと思います。
 

2018年1月14日日曜日

一人暮らしの心配ごと

一月も半分終わろうとしています。本当に早いですね。今日は百箇日のお勤めをしました。ご主人と二人で市内に居を構え暮らしておられました。お嬢さんが市内に住んでおられ、何かと面倒を見ておられましたが、昨年の秋お父さんが亡くなられ、お母さんが一人暮らしとなられました。同じ市内とはいえ、お嬢さんにも家庭がありますので毎日顔を見せるというわけには行きません。百箇日を機会に、お母さんをケアハウスの世話になることに決められたようです。お元気で自分で何でもされますが、やはり人の目があるところが安心のようです。今までの住居は整理されるそうです。お家にあった仏壇を持って来られました。お盆にあるお焚き上げの総供養までお寺で預かることにしました。新聞によると2040年には一人暮らしの世帯が全体の4割を占めるそうです。

私のところのご門徒さんでも、毎年のように何人か看取りなしの死を迎えられる方があります。残念ながらすべて不審死扱いとなりました。早くて翌日、長ければ数日後の発見ということでした。新聞が溜まったり、郵便物が溜まったりすることが手掛かりになることもあります。一人暮らしの場合は何かあっても外部からはわからないことが多いようです。これだけ科学技術が進歩しているのですから、体調異常があった場合には周りの人が察知できるような簡易システムが出来ないものでしょうか。 

2018年1月13日土曜日

ナマコに学ぶ

生物学者の本川達雄さんの、ナマコに学ぶという小論が、毎日新聞に載っていました。本川さんは、主にナマコを研究する傍ら、生物学の視点から社会問題や環境問題について論じられている方です。
ナマコの不思議さは、硬い殻に覆われているわけでもないのに、なぜ他の生き物に捕食されないのかというところにもあります。その理由は、栄養価が低いからということだそうですが、体の大部分が骨と皮でできているためです。食べたことのある人は、ナマコに骨があるのと驚くかも知れませんが、皮の中に極小の骨が何千万個も入っていると言います。コリコリという食感はそのためだったのですね。
また、体を柔らかくしたり硬くしたりするのに、筋肉を使わず、「キャッチ結合組織」という細胞組織を使うので、エネルギー消費量が筋肉の場合の100分の1で済むと言います。そのためナマコは海底の砂に含まれる僅かな有機物を食べるだけで生きられます。徹底的に省エネ化する事で、食べることにも困らず、食われもしない「ナマコ天国」を作り上げました。珍味と言って食する人間だけがナマコの天敵かも知れません。

2018年1月12日金曜日

録画しては見ずに消すことの繰り返し

録画機も大容量になったのであまり見ない番組まで録画するようになってしまいました。帯でとっているのは、朝ドラ、大河ドラマ、ソングス、映像落語、酒場放浪記くらいですが、そのほかにも単発で映画やドラマ、サッカーなどを録っていますので二、三か月もすると何を録画したのかも忘れてしまうくらいに増えてしまいます。

そして空きを増やすために何を消すか選びながら一定の空きを確保します。そしてまた新たな録画を始めることになります。ビデオで録画していた時代はこれを逃すともう見ることが出来ないかも知れないと思いながら録画していましたが、今の時代はお金さえ払えばほとんどの映像をネットで見ることが出来ます。あまり録画する意味がありません。

それなのになぜ録画するのだろうと考えてみました。結論は録画しておけば、いつでも見たい時に見ることが出来るという安心感を得るためだということに気がつきました。本当に見たいのならリアルタイムか、帰ってきたときに真っ先に見ます。一週間経って見ないものはすべて消しても問題ありません。いつか見ようは、二度と見ないということがわかりました。
 

2018年1月11日木曜日

町内の高齢化

今年も間もなく町内会の総会が開催されます。資料を作っていると年々住民が減っていることに気づきます。昨年も二人の方がお亡くなりになりました。二世代以上が一緒に住んで入いるお宅が28%で、残り72%は単身世帯か夫婦世帯です。高齢化率は70%を超えています。
今でもゴミ当番のやり繰りなど町内の活動に支障をきたしています。このまま進むと町内会さえ消滅してしまう危機にあります。
町内で近年なくなった活動には、婦人会活動やお日待ち、敬老会があります。高齢により参加できない人が増えたり、器具備品の更新が困難になったりして止めてきました。今残っているのは町内会の活動と自主防災会の活動だけとなりました。子供たちは都会で生活し、帰ってくるのは盆と正月だけです。親世代が亡くなれば誰も住む人がいない住宅だけが残ります。駐車場だけが増えてきましたが、市役所が移転すればそれも必要なくなります。郊外型住宅だけが発展してきましたがそれも限界が見えています。人生は若い時だけではありません。計画的に街づくりをしていかないと非効率な配置の街になってしまいます。もう一度職住接近型の街づくりをしていく必要があるのではないでしょうか。